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インドのレー、ラダックに行った時のこと。
「3 idiot」というインド映画で有名になった、標高4000mほどのパンゴンツォに行くため、日帰りのツアーに参加しました。


参加者は全部で5人。インド人カップル×2組、そしてわたし。ラダックはハイソなインド人の観光地にもなっているよう。英語も堪能で、私にも気さくに話しかけてくれつつ、移動のバンの中は終始のんびり穏やかな感じ。

そのツアーの中でやっぱインド人すげーと思った出来事を3つほど。


①ツアー代、いくらよ!

パンゴンツォ
山道を4時間弱がたがたごとごと行って、ようやく撮影スポットに到着。まずはちょっとお腹も減ったので、デリーから来ているインド人夫妻と一緒に、簡易な食堂で昼食をとることにしました。

料理を待っている間、、
インド人夫妻「ねえ、このツアーいくらだった?」
私「1500ルピーくらいだったかな」
インド人夫妻「私たちと同じね。絶対それ以上払っちゃダメよ。(真顔)

ちょっと怖いくらいの表情で言われたので、ちょっとびっくりしました。確かにインド(とりわけ超観光スポットを)旅していると、最初の言い値をひっくり返されることもよくあるし、強気じゃなきゃいけないのだろうなと。日本人はお人好しだとも思われてるのだと思う。

ただ、前日にも伏線があり、、
ラダックを訪れる人は、レーという街を拠点にするので、各方面へツアーを組みます。バンの価格は観光庁?のようなところが定めているのでFixなので、一緒に乗り合う人数が増えれば、一人当たりはやすくなる仕組み。5月はシーズンオープンしたてなので、実はツアー同乗してくれる人を探すのが大変で、、。私は前日の20時まで決まらなくてやきもきしてたんです。

お願いしていたツアー会社で、前日の夕方ころ、インド人夫婦一組が申し込んだけど、彼らは最低4人集まらなきゃ行かないと言ってると聞いていました。私はせっかくここまできたのだから、絶対行きたいし、もう一人分自分が払うよ!と言ってたのです。それでも一人で行くより安いし、、。

結局、もう一組のインド人夫妻も申し込んでくれたので、一人分の料金で済んだのですが。

そんな事情があったのですが、インド人はその辺しっかりしているわ、、と思ったのでした。。


②もっと奥行ってよ!

昼食も食べて、一通り写真も撮った頃、実はここは観光客向けのところで、「もっと奥にいけば本当の映画の撮影地があって綺麗だ!」「もっと奥まで連れてってくれよ!」とドライバーに交渉しだすインド人夫妻。私は実はなぜか鼻風邪を発症し、おそらく高山症の頭痛とともに気分悪すぎたので、もはや、って感じだったのですが、彼らが粘る粘る。。

3idiotのラストシーンのところ(少し曇ってきちゃった、、) 

結局、宿泊ツアーなどでしかいけないところまで行ってくれることに!
実際に行ってみるとやっぱり綺麗で、とても素敵な場所でした。人もほとんどいないし。色が全然違う。こうやって勝ち取っていくのかとちょっと感心。。



③別のとこも寄ってよ!

さて、また3時間ほどがたがた道を戻ってくると、レーの近くのティクセイという街に。ここに小高い丘のようなところに綺麗なゴンパがあるのです。私は引き続き、鼻水と頭痛と格闘していたので、とりあえず早く帰りたかったわけですが、またもやインド人夫妻が「あれはなんだ。綺麗だな。寄ってくれよ!」と交渉開始。

ティクセイのゴンパ。入り口が千と千尋みたいで素敵でした。

ドライバーも渋々了解、、。ちょっと寄り道するものの、結局すでに閉門の時間で入れず、、。ただ私は近くにこんな素敵なゴンパがあると知らなかったので、次の日に日帰りツアーを組みました♡



結局、予定より2時間くらいオーバーしてレーに帰還。
いや、私だったらいろいろと交渉できずに帰って来ちゃったかもしれません。彼らのおかげでいろいろ経験できた。つい、ドライバーの渋り顏みると申し訳なくなっちゃう私でしたら、結果として、大満足なツアーになったのでした。

なんだか、大阪に出て、彼らの交渉能力に感嘆した時を思い出したのでした。
(節度もった)したたかさ大事ですね〜。





先日、学生の時から憧れていたインドのラダックへ行ってきました。
タイのバンコクからだと、デリーまで3時間半ほど、デリーからレーという町まで1時間ちょっとと、かなり行きやすいところです。

ただ飛行機降りていきなり3500m越えということで、高山病のリスクがあるため、私もだいぶ余裕を持って1週間ほどの予定で出かけました。

今回は、ラダックの旅のまとめを。詳細は別の記事にしたいと思います。



【旅のまとめ】


●期間 1週間ほど
●時期 5月のGWのころ、ラダックは冬の間雪に閉ざされるので5月にやっとシーズンが始まったばかり。
 オフの間閉まっていた宿やレストランがオープンし、街に活気が戻って来る季節です。
 夜はまだまだ寒いですが、昼間は日差しががんがんなので、暑いくらい。
●ルート
レー(ここを起点に、遠出します)
→パンゴンツォ(日帰り、片道4時間)
→シェイ、ティクセイ(日帰り、全部で 3時間くらい)
→ヌブラ渓谷:パンナミック、サムール、デスキット、トゥルトゥク(2泊3日)

●費用感
・ゲストハウス シングル750円くらい〜
・各地への車をチャーターするので、人数が集まれば割安に
・食事 150円〜でカレーやチベット料理が食べれて、おなかいっぱい

●Wifi
宿、カフェwifiあるところもあるけど、ほぼ繋がらないと思っていた方がいい
そもそもかなり停電する(1時間くらいだったり、夜中から朝まで復旧しなかったり、、)

●シャワー
お湯シャワーがでるところは、1500円〜以上の宿かな
シャワーがでなくても、ほとんどの宿でお湯のバケツをいれてくれます


●気をつけたいこと
高山病の対策。これは体質にもよるらしいのでどうしようもない部分はありますが、、レーについてからしばらくは休息とること、たっぷりお水を飲むことが大事とのことです。私は今回ほぼ症状がでなかったものの、周りでは、レーについた初日に入院した人や、あまりの頭痛にツアーをキャンセルした人もいました。
余裕を持って、最初の2日くらいは、レーでゆっくり歩いて街をみたりするのがおすすめです。

ツアーの仲間を探すのも案外苦労したので、この時間でツアーさがしつつ、高地順応もできて、ちょうどよかったです。
時期にもよりそうですが、ツアー仲間を見つけるのが不安な人は、日本にいるときに問い合わせしておくと安心です。Hidden Himarayaというツアー会社の上甲さんに私もとてもお世話になりました!ここは、日本にいるうちから予約してくる人も多いようでした。
日本語でやりとり可能ですし、おすすめです。


パンゴンツォ


シェイの王宮

ヌブラ渓谷

トゥルトゥク



とにかく自然が破壊的なスケールでした。
人間ってちっぽけだなと。普段は人間の文明のなかで生きているので忘れがちですが、自然のなかで生かされているのだなと実感できる場所でした。



バックパックは大学の時に買ったのをしばらく使っています。
MilletのSaas Fee Evoというシリーズの40L(もうネットではオークションなどでしか出てこないようです?)。当時は、あまりゆっくりお店に見に行く時間がなく、(確か旅の1週間くらい前に急いで購入、しかもネットで)慌てて買ってしまいました。ただ、一応ネットで情報収集はしていて、かつ、ネットで買いましたが特に困らず自分なりに工夫していままで使えてきているので、基本的なバックパックの選び方で注意したいことだけ書いておこうと思います。


私の相棒〜



◎サイズは大きすぎない40〜50Lくらいが妥当?
私は、40Lのバックパックを選びました。(ちなみに私の身長は160cm、標準的な体重だと思います。)
バックパッカー気取りで旅を始めようとしていたころは、ついつい荷物が多くなりがち。私はなかなか荷物を厳選することができず、結局出発時点で40Lパンパンのバックパックを背負うことになりました。これじゃお土産いれるスペースもないなと最初は不安に思っていたのですが、、やはり女子には40Lくらいまでが妥当だとのちにわかります。


荷物いっぱいもっていけても、重さに堪えられない、、
バックパックは大きければいいというものではありません。何よりスペースがあっていっぱい詰めれても、おそらく荷物の重さに耐えられません!特に東南アジアなど比較的暑い地域に行く場合(まあ寒い地域も同様ですが、、)、10Kg以上のバックパックを背負っての宿探しや、電車やバスに駆け込む必要のある場合、それを背負ったままというのは想像以上にきついです。いろいろ持っていけるから60Lなど大きい方がいい〜とだけ考えていると、現地で割と辛い思いをすると思います。欧米人のバックパッカーはやたらでかい60Lくらいのバックパックをカップルでお揃いで背負ってたりしますが、やはり自分の体格にあったものを選ぶべきですね。

ちなみに私は半年近くバックパックで東南アジア、インドを回っていたとき、マックスの重さは15Kgくらいでした(普段は10〜12Kgをキープ)。結構この重さになったときはきつくて、そのせいで宿選びも妥協したり。笑 重たくて、暑くて、体力消耗するのではよ休みたいと思ってきてしまいます笑
ぜひ、大きさを選ぶ際、荷物がどのくらいの重さになるかも合わせて感がてみることをお勧めします。

そして、もう一つの理由として、大きなスペースがあって常に余裕をもたせていても、飛行機やバス、電車移動でバックパックを預ける場合はスペースがありすぎると荷物がごちゃついたり、潰れてしまったりもするので、適度に荷物の位置が固定できるくらいに調整できるとベストだと思います。



◎色はできればユニークなものを
好みもありますが、、できればユニークな色が良いのではと思います。私はイエローグリーンを選びました。いくつか理由があって、一つは空港で自分の荷物を簡単に見つけられること。案外、赤系や黒系、グレー系などのバックパックが多く、これらの色を選んだひとは自分のバックパックを判別するのが少し面倒そうだなあと思ったりします。。カバーの色を変えていたり、タグなどつけるのもいいと思います。
もう一つは、盗難対策。これも気持ちばかりの対策かもしれませんが、やはりありふれた色より、すぐに自分のものと識別できるものの方が、例えば誰かがバックパックごと持って行ってしまおうとした時や、周りにいる人が自分のことを認識してもらいやすくなるはずなので、印象に残る色を選ぶことは、そういった防衛にもなると思います。



◎メインのスペースに仕切りがあること
これは事前に調べていて、実際に使ってみてよかったなあと実感している点なのですが、メインの収納スペースがファスナー等で上下に分けられていると結構使い勝手がいいです(ファスナーを開けて一つのスペースにもできる)一つのスペースしかないと、やはり荷物の重さのバランスや、位置のバランスを整えるのが少し難しいかと思います
私は、ほぼいつも下の段には、洋服や下着といったある程度の重さがあるものをまとめて入れてしまい(布って案外重いです)、バックの底のクッション代わりにしていました。上段には、化粧水やらPCやカメラの充電器やら形がごつごつしたものなどを。洋服類は量とスペースのバランスで収まりがちょうど良かったので、重心が取れやすかったです。そして、少しの移動の時は、手持ちでなくバックパックにPCやカメラをいれることもあったので、地面にバックを降ろす際などなるべく衝撃を与えないようにもできていたと思います。

これがもし、何も仕切りがないとなると、荷造りに苦労すると思います。結構荷物の詰め方は大事で、それで体の負担のかかり方も変わります。旅を続けるうちにパッキングに慣れて荷造りが上手くなっていくのもありますが、事前にある程度どこに何を入れようかとイメージできているとより良いと思います!



◎口が絞りタイプの場合はチェーンを通すべし
私が選んだバックパックは、どちらかというと登山向けのものだったようなのですが、メインスペースの入り口が絞りタイプです。後から調べたところ、このタイプは南京錠をかけることが難しいので注意すべし!みたいな記事をみつけ、どうしようか対策を考えていました。
それでまたネットで記事を見つけて対策したのが、チェーンを通して、南京錠をかけれるようにすること!

ちょっと野蛮なやり方ですが笑、かつまあナイフとかで布を割かれたらどっちにしろ盗難など防ぎようがないので一つの対策でしかないですが、金属のチェーンを買ってきて、絞り口のところを一周通します。そして、特に飛行機でバックパックを預ける場合やドミに荷物を置いていくときなどに、南京錠までかけるようにしていました。

あまりここまでやっているひとは見た事ないのですが、インドなど旅していて電車のスリーパーなど使うならこのくらいしておきたいものです。バックを抱えて寝ていたはずなのに中のカメラがなくなったとか、不思議なイリュージョン?が起きるインドの電車笑、できることはやっておきたいです。



このほかにも、いろいろバックパック選びのコツはあると思いますが、私が実感しているのは上記のような内容です。
バックパック選びに迷っている方の一つの参考になりましたら嬉しいです〜



インドは2回だけ行ったのですが、旅におともしてもらったのが、1回目は地球の歩き方。2回目はロンリープラネット。

1回目は、北インド中心で、たったの2週間でコルカタからデリーまで横断する旅だったこと、周りの人に助けられたおかげで、歩き方だけでもほぼ困りませんでした。

でも2回目の旅の準備をしようと思ったとき、特に電車の路線やスケジュールについて、歩き方の情報が圧倒的に欠けていることに不安を覚えて、ロンプラを使ってみることにしました!聖書みたいに分厚いし、英語だし、写真少ないし笑、不安もあったのですが使ってみてやはりよかった!







ロンプラをインドバックパック旅行に勧める理由

①電車、バス移動の情報が豊富
バックパッかーはほとんどの都市を、電車かバスで移動すると思いますが、歩き方はそれらの移動手段の紹介はしているものの、出発時刻や便名など詳細は記載されていません。

インドの電車はチケットを買うときに、
・乗車日
・乗車駅(都市によっては複数発車駅がある)
・発車時間
・電車の路線名、特急名
などの情報を自分で事前に調べてからチケットオフィスに行って、予約表に記入して、窓口に並んで、チケットを購入します

ネットを使えば調べられないこともないのですが(ネットでも買えなくはないですが、現地の携帯番号が必要なので外国人には難しい)、ネット環境がいまいちだったり、移動中に次の大まかな予定を立てたいときなど、ロンプラの電車リストがとても役立ちました。それぞれの都市の項目の後半に、必ず移動手段に関するページがあります。そこに、目的地までの電車名、発車と到着時間、所要時間、料金のリストがあります

インドのチケットオフィスは、地元の人やバックパッカーがいつも殺到して混んでますが、自分で電車名調べていかないと、手助けしてくれる人がほぼいません。みんな自分がはやくチケット買いたいので必至です。笑 窓口の人も「自分で調べてこい」で終わることも多々。事前にちょっと調べて置くことで、チケット購入がすっごくスムーズになります。というか、調べるのは必須です。もちろん宿の人が調べてくれることも多いですが。

私のように、割とスケジュールを立てて旅をしたい人には、断然ロンプラがおすすめです。



インド南部の情報が豊富!
地球の歩き方が、もうちょっと親切だったらいいのにと思うのは、インド南部の情報が少ないことです。1回目のインド旅のあと、南部のバンガロールという町へ移動し、インターンしました。旅ではないので、助けてくれる人もいて大丈夫だったのですが、何と歩き方のバンガロールに関するページが4ページほど。本当に情報がなく、宛にできませんでした。

インド旅をする日本人の多くは、北インドを目指すようです(私もでしたが)。インドと言えば、ガンジス川やタージマハルのイメージが強いのだと思います。しかし、欧米人は、北インドは治安が安定しない地域が多いことが当たり前の認識ですし、南インドのバカンスへ静養に訪れることが多いようです

そういう旅人が多いからなのか、ガイドブックがそうだからなのか、どちらが先かは分からないのですが、、道理で歩き方は北インドの情報がほとんどを占め(情報の絶対量はロンプラより少ないです)、ロンプラは北インドも南インドも同じくらい?の印象です。

ユーザーの声もあると思うのですが、歩き方ももっと広くインドのことを記載してくれたらいいのになと思います。本当にそれだけを頼りにインドへ行くバックパッカーも多いみたいですし、危機管理ができていない危なっかしいバックパッカーさんもたくさんみかけました。実際、お金をだまし取られるだけならまだましですが、命の危険に会う人もいます。どこから情報を得るかも危機管理の一つですが、インド=北インドに行かなきゃ意味がないと思っているような人や、わざわざ危険なところに「危険である」と言う意識を持たずに訪れる人が増えてしまわないようにと思います。せっかくの旅なので、楽しい思い出をつくって帰りたいですよね。


それから、バラナシなどでよく現地の悪ガキに「地球の迷い方!」と指差されることがあります。笑 歩き方を持っていると、日本人ってことが一瞬でばれます。適当に会話を楽しむこともできるのですが、カモにされる可能性もあることも忘れないでおきたいです。



現地の人との会話のたねに!
もう一つ、ロンプラ持っていてよかったのは、現地の人との会話のたねになること!インドの人すべてが英語を流暢に話したり、読めたりする訳ではないですが、日本語を読める人口より英語を読める人口が圧倒的に多いことは自明です。電車などで同じボックス席になった現地のインド人に、「ガイド見せて!俺の地元はこの町だ!」なんて話かけて貰うこともしばしば。欧米人のバックパッカーにおすすめ聞く時も、ロンプラ見せながら「ここの宿よかったよ〜」って教えてもらうことも。

やはり、共通言語である英語で情報収集することは、そのような利点もあると思います!



歩き方ももちろん読んでおければベスト!
歩き方も、母語の情報が一番分かりやすいのはもちろんですし、一般的な情報を得るにはとても重宝するとは思います。特に、「こんな騙しの手段がある」「こんな被害に会う人が多い」といった情報は、日本人特有のケースだったりするので歩き方を一読すべきです。歩き方を持っているのに、なぜか、超メジャーな手段に引っかかっている人が多いです。未然に防げるものは、防ぎたいものです。




※こちらもKindle版でている!書き込みとかしたいので、紙の方がいいかもしれないけれど、、


インドに限らず、海外を訪れるときは、十分に情報収集することが大事だなと思います。素敵な思い出をつくれますように。




インドのことを話していて、コルカタはひどいまちだ!そうだそうだ!って決めつけるように言っている人がいて、たぶんサダルストリートの周辺しか見れなかったのだろうなあ〜と思いました。

私もはじめてのインド、旅のスタートはコルカタで、
とにかく緊張していて、警戒していて、あまりゆっくりみることができず。
そして2回目のインドの旅もスタートはコルカタ。
今度はもうちょっと自分で感じたいなと思っていました。
(結局ダージリン行きを急ぎ、1泊しかしませんでしたが、、それでも違うコルカタが見れたのでその話を。)


同じ宿で素敵な出会い

泊まったのはサダルストリートのマリア。
そこで、素敵な出会いがあったのです。
コルカタの印象変えてくれたのはそもそもこの出会いがはじまり。

ちょうど日本人の方が2人、同じルーフトップの階に泊まっていて、声をかけてくださいました。
1人は、日本で骨董品屋さんをやっていて、かつ、カメラマン。
レイカのモノクロフィルムで、レンガ工場をずっと撮っているようでした。
1人は、日本でアクセサリー屋さん?していて、世界のいろいろなところで仕入れをしている方。

おそらく、2人とも40代くらい、、?
やはり何年も前から、毎年数ヶ月コルカタに滞在し、仕入れや撮影やされているとのこと。
自分の足で歩いているからこそ、渋いコルカタ情報をたくさん教えてくださいました。

私がブロックプリントとか、インド綿に興味があるんだとお話したら、
古いブロックを売っているところを教えてくださったり、
骨董品として仕入れた面白いものもいっぱい見せてもらいました。
そして、バザールとか、ローカルのおいしいレストランやシェイク屋さんも。

その方が仰っていた言葉をあとから本当に実感することになって。

「サダルだけみると、確かに観光地だし、悪いこと考えるインド人もいてひどいめにあったりする。でもちょっとローカルのところへ出てみると、全然違うインドが見れるよ。すごく素朴で、シャイなインド人や、生活の様子が。」


自分の目でみて、感じた、いままでと違うインド!

私もさっそく、教えていただいたバラバザールへ。
(確かサダルからも歩けるし、地下鉄でもいける。)
私、ここで本当に驚きました。
1回目の旅で抱いたインドとは本当に違うイメージのインドに出会えたから。

とても広いので迷って出て来れなくなったらどうしようと、おそるおそるバザールの中へ。
でも、そこではとってもあたたかく私のこと迎えてくれました。
みんなせっせと働きながらも、外国人が珍しいのかちらちら私のことをみています。
あまり英語も話せず、観光客慣れしていないよう。
カメラをもっていたので、ゆっくりカメラ向けると、恥ずかしそうに隠れたり、
俺を撮ってくれとポーズ決めてくれたり。

金属加工してるところ

お肉屋さんで



壁のない床屋さん、きめ顔

















































あまりに人懐っこい姿に、ほっこりするような気持ちだった気がします。
ぐるぐる歩き、写真撮らせてもらいながら、フルーツのお裾分けいっぱいもらいながら、
様子を見させてもらいました。インドって、こんなにほっこり出来る場所だったのかと、本当に嬉しくなりました。


旅で心がけたいこと

旅って、本当にその国のごく一部を垣間みさせてもらっているだけだと思います。
出来るだけ、人から見聞きしたものだけでなく、観光地化された周辺だけでなく
より広くみてみようと思って、実際に自分で歩いて感じて確かめられたらいいなと思いました。

確かに外れると危ないこともあるし、自分の身を守ることが最優先ですが、
私はたまたま素敵な助言をしてくれる人に出会って、
いままで自分が抱いていたインドと全く違うインドに出会うことができました。
それは、とてもありがたいことで。


旅をしているとき、
あくまで、ほんのちょこっとお邪魔させてもらってるという意識と、ここってこういうものって決めつけずに、ちょっとだけ視野を広げてみたり、足をのばしてみること
こういうことを忘れないようにしたいなと思ったのでした。



インドの匂いが好きです。
時々すごく懐かしく思い出すときがあります。


よくインドは臭いと批判されてるところも目にしますが笑、確かに日本とは違う匂いがします。
本当に不衛生な臭いがあるところも結構ありましたが、匂いってとても言葉じゃ表現し難いですが、
スパイス?なのか、お香?なのか何なのか、
3月ころ、少し涼しい時期に訪れたインドの、朝方の匂いが
私にとってはすごく心地よくて懐かしい匂いとして記憶されています。

だから、朝方、まだ日が昇りきらなくて少し風が涼しいくらいにバンコクの家をでてみると、
何となくすごく懐かしい感じになります。何かあの匂いが漂って来そうだと予感がするのに
でも実際は、このバンコクの匂いとは違うから、それがまたインドへの懐かしさを助長します。笑

でも、匂いそのものというより、思い出なのかな。
匂いの記憶って私にとってすごく強いなあと思います。

ふと懐かしい匂い嗅いだとき、「懐かしい!」って思うし、「あのときこの匂い嗅いでた」ってその当時の記憶を結構鮮明に思い出せる。たぶん、インドの旅が私にとってすごく懐かしい思い出になっているんだろうと思います。


ちなみに、外国ってどこも匂いが違ってて、私はドイツが初めての外国だったのだけど、ドイツも日本と違う匂いがして、「これが外国の匂いなんだ!」って興奮し、帰国してしばらくもその匂いがついたものよくクンクンしてました。笑

そして、どの国も、似てるところはあるにしても、全然匂いって違うんだなとのちのち気づきました。

フィリピンに語学留学に行った時も、タイとかで嗅いでたのに近い匂いがして、「やっぱアジア好き!帰ってきた!」と興奮したりしました。笑

でもいまの会社に入ってタイにお仕事で通い始めて、そして住み始めて3ヶ月たったいま、タイはそういう興奮を感じなくなってしまいました、、お仕事の記憶になってきたのか、日常になりつつあるからなのか。むしろ、ちょっと臭いなと感じることもある最近。
基本年中暑いからそりゃ臭うかって思ったりしてたけど、他の国はそうじゃないと思うと何だかさみしくなってきました、、。タイでもよい思い出つくらなくては。笑


ああ、インド懐かしいです。
くたくたに疲れる国ですけど、こんなに懐かしく思わせてくれる国でもあるので不思議。帰ってからしばらくは、もういいかなあって思うのに、やっぱりそろそろ行きたくなってきた。

来年のシーズン、有給とって、レーとラダック行こうかな。
それを目標にしてがんばろう。



ダージリンからバラナシに向かう途中、パトナ駅で乗り継ぎだった。
はじめての乗り継ぎで、しかも電車がwaiting listで心配していたのだけど、乗り継ぎ便が2時間、4時間、5時間と遅れ、結局予定の7時間遅れでやってきた。そんなで、だいぶ駅で時間があった。

早朝についたものだから、ホームでぼーっと座ってると、だんだん日が明けてすごくきれいだったな。

最初は日記を書いたり、チャイ飲んだり、ガイドブック読みながら計画立てたりしてたのだけど、やっぱり時間を持て余す。
パトナは結構治安がよくないと聞いていて、寝ることも避けたくて、たまにリストを探しに歩いたりしつつも、とにかくホームに座って人を観察していた。


そしたら、視界の前の方で、ずっとそこにあった影がうごいて。
何かモノだと思ってたら、人が寝ていたようだった。

インドの駅のホームなんて、電車待ちの人たちがごろごろと寝ているものだから、そこまでは驚かなかったのだけど、どうやらいつもと様子が違う。

ずっと寝ていたからか、身体がうまく動かないよう。
ゆっくりゆっくり上体を起こすと、足を引きずるように移動しようとしていた。

そこでやっと気付いたのだけど、その男性は服を身につけていないようだった。
身体にかけていた布だけで隠しながら、移動しようとしていた。

すごくびっくりして、しばらく目を離せなかった。

物乞いや、手足がなかったり、曲がっていたり、目がなかったり、そうした人たちが乞う姿は幾度となくみていたけれど、このとき目の前にいたその人は、自分で歩くこともできないし、物を乞うこともできないよう(しようともしていない)であったし、仲間もいないし、本当に本当にもう消えてしまいそうだった。

何を感じたのかもはやよくわからなかったけれど、
なぜこんな状態になるまでほっておかれたのだろうとか、
どうして服まで失ったのだろうとか、
そんなことを思った。

あまりに何もないように見えて、纏えるような布とか、それよりも水や食料か、自分が用意出来るものはいくらでもあるはずなのに、結局動けずに、どうしようとずっと様子をうかがっていた。

そしたら、しばらくしてインド人が水とビスケットを与えて、
たぶん「服はどうした」みたいなことを聞いている。
どうやら、服は布と一緒に引きずっていたらしく、うまく曲がらない関節に苦労しながら、その人たちにとりあえず着ろと施されている。筋力がもう本当に残っていないみたいだった。自分では着れなかったんだろうな。

そのうち、何人かインド人が集まって来て、何か相談している。
彼の腕を持ってどこかへ連れて行こうとしたけど、男性の足はもう本当に力が入らず、結局駅から借りたのか車いすに乗せられ、どこかへ連れて行かれた。きっと病院へ運ばれたのかな。



このことが、とても衝撃的だった。たぶん、ショックで泣いてた。
彼は年は若いように見えて、これまでどんな人生を歩んで、どうして裸で駅のホームに寝そべっていたのだろうとか。もしいま人に助けられて、これから、どのように生きていくのだろうとか。こんな状態になって、身寄りがあるとも思えず、いっぱい、どうして?と思った。彼自身が生きたいと思えているのかも、信じられなかった。


汚い町や、騙そうとする人や、そういうのは結局やさしい景色や思い出で上塗りできてきたけど、今回のような場面を見るのははっきりと嫌だと思った。これは、インドの本当に解決されなくてはならないことだと思った。どんなに愛おしい人間がいたって、こんな状況を起こしてしまうのは、絶対あっちゃいけないと思った。


インドのこと、まだ何も知らないのだろうけど、
いままで、自殺率が高いことは知りつつも、インド人は生きる意志がすごく強く見えていた。だから余計、生きる意志があんなにも薄れて見えてしまう人間をみたことがショックだったのかな。


でも、私は何ができただろう。
どうすべきだっただろう。